top of page
  • ayakot1

人生のターニングポイント

川澄春彦


1987年~1992年 米国留学

1992年~1998年 日本 会社勤務

1998年~現在 米国 日本企業勤務、会社経営、プロコーチICF ACC


私の人生でターニングポイントはいくつかありますが、なんといっても最初で最大のターニングポイントはアメリカ留学でした。中学、高校とバスケットボール漬けの生活だった私は、現役大学受験をあきらめ浪人し翌年の大学受験を志しました。しかしなぜか予備校ではなく外語学院へ入学、英語会話の勉強を始め、その後校長先生の勧めもあり一浪して日本のそこそこの大学に入っても何も学べない、むしろアメリカへ行った方が違った国、文化で色々な人生経験、学びがあると思い留学を決意し半年後、単身渡米しました。


海外に一度も行った事もなく、飛行機に乗るのも人生で初めての自分が片道切符を片手に成田ーロサンジェルス便に乗り込みました。数か月語学学校で英語を勉強したのち、大学受験に合格しカレッジに入学。迷わずまずはバスケ部に入部したいと思いました。チームはヘッドコーチを含め初年度は私以外全員黒人のチームでした。留学生と言う事もあり、まずは練習中に監督に挨拶に行き、留学生でもチームに入れるか、たどたどしい英語で聞くと、ただ一言 (入りたいんなら)「じゃなんで、今日バッシュを履いてこなかったんだ?」とめっちゃかっこいい一言。心が震えました。心のどこかに入れたらいいなーぐらいで、絶対入ってやると言う覚悟が無かった事に気づかれた気がしました。翌日から早速選手選定のトライアルに参加。チームには定員があるため、トライアルで残らないと入部できません。


まずはただグラウンドを毎日10周走るだけですが、全員が闘志まるだしで競争して走ります。ヘッドコーチやほかのコーチ軍もその様子を見ています。一人抜くと「やるじゃないか!」と言ってすぐに抜き返してきます。そのあとは実際にゲーム形式でそれぞれのバスケの実力を観察します。一週間のトライアル後、何とかチームに残る事ができました。


留学時代のエピソードは数多くありますが、白人チームとの乱闘事件、主力のチームメートが彼女との喧嘩のすえ彼女に足(ふくらはぎ)を銃で撃たれ試合に出れなくなったり。刑務所へ行き刑務所内のチームと慈善試合をしたり、自分が試合中に相手のチームから肘打ちを食らって倒れた時、チームメート全員がベンチから飛び出し、その相手の選手をボコボコにする乱闘事件になったりと、アメリカならではの経験を色々しました。


アメリカ留学生活で学んだ事はやはり日本文化との大きな違いでした。なんでも真逆の文化と言っても良いでしょう。日本でのバスケ部時代は褒められる事が無く、ただダメ出しと、しごき、つらい思いをしたからこそ、勝利があると言うマインドでしたが、アメリカでは良いところをとことん伸ばす、ほめて伸ばす、自分の特技を発揮するから勝利がある。また、あまり叱ると言う文化が無いように感じました。これは企業文化も同じであるとのちのち感じています。


大学卒業後、実業団選手を目指し日本の当時実業団バスケットボールチームを所有している会社へ(卒業時期が日本と違うため、新卒でも中途採用扱い)中途採用面接の申し込みをバスケットボール雑誌に出ている企業へ片っ端から依頼し、数社と面接してもらうことができました。留学生ということもあり当時いくつか内定をもらいましたが、面接では入社の目的はバスケットボールの選手なので、明確にバスケ関連の業務が出来る企業を選び入社しました。練習では通訳として活躍しましたが、トライアルでは不合格、ベンチに座ることは出来ませんでした。


その後、選手への道はあきらめビジネスキャリアを積むため転職、国際ビジネスに携わる業務に従事しました。日本での社会人としての経験は日本の社会、企業文化を学ぶ上でとても貴重な経験になりました。その後、やはりアメリカでもっと国際的なビジネスを学びたい、アメリカでまた生活したいと思うようになり、結婚を機にアメリカにある日系企業の募集に応募し転職、渡米、人生二度目のターニングポイントを迎えました。


もともと会社の仕事も人間関係もスポーツのように考えていた自分は(実力主義、忖度なし)、上司との付き合いがうまくできず、日本、アメリカで数社の日系企業で勤務しますが、人間関係でかなり苦労し、パワハラに我慢できずまた、上司と意見が合わないことが多く、鬱、ストレス性のパニック障害のような状態になり(診断を受けたわけではない)メンタル面ではかなり苦労しました。その背景には、やはり日本の年功序列文化、上下関係、ダメ出しの文化など、アメリカでは受け入れがたい日本の文化との対立がありました。またメンタル面で自分はいつもVictim(被害者意識)が高かったことが原因でもあります。


その後、マネージャとなり部下を持つようになって色々と“良い上司“と言うものを自分なりに学びました。その中でも一番大事にしたのが、まず寄り添い、 相手の本当に言いたい事を聞くことでした。また弱み、失敗は指摘せず(本人を責めないで)一緒に原因、改善策を考える。また小さな成功も一緒になって喜ぶことでした。趣味で合気道、マインドフルネスなどを勉強していましたが、コーチングと出会い全てがつながった気がします。


世界ではグローバル化が進み、企業ではグローバリゼーションを唱っている企業が多くありますが、本当の意味のグローバル化とは何でしょうか?私は今そういった海外進出する企業、海外赴任される方々をサポートさせて頂く立場になって、人生第3のターニングポイントを迎えています。




閲覧数:31回0件のコメント

最新記事

すべて表示
bottom of page